沿革

明治35年創業 創業者秋山源七は当地にて酒類及び食料品、雑貨品の販売を開始する。
大正15年 創業者死去に伴い、倉蔵長男である源太郎は、若干20歳にて家業を引き継ぐ。 以後、確実に業績を伸長させるも昭和20年には、第二次大戦により被災し、店舗を全焼する。しかしながら、営業活動を再開するべく即座に当地に営業所を開設し、業務に従事する。
昭和25年 秋山源太郎は、従来の個人商店を資本金300万円の株式会社とし、初代社長に就任。実弟 正 及び長男 恭衛 がそれぞれ取締役に就任し、事業に従事する。
戦後の歌舞伎町の復興と共に事業を拡大し、業務用酒類卸売業としての基盤を築いていった。尚、源太郎は業界の発展及び地域社会の発展に貢献し、その業績は没後、勲六等単光旭日章叙勲により高く評価された。
昭和45年 会社資本金を600万円に増資する。
昭和46年 会社資本金を1,000万円に増資する。
昭和49年 初代社長秋山源太郎死去。(享年69歳)
源太郎長男 恭衛 が代表取締役に就任。
昭和51年 現在地に新社屋完成。
《名称  秋山ビル   地下1階地上8階建て、総延坪数約1.000坪》
平成10年 小売部門を従来からの一般酒類小売業からコンビニエンスストアに業態転換する。(エーエムピーエム新宿大久保通り店)
平成12年3月 コンビニエンスストア事業拡張のため、杉並区内の一般小売店であった有限会社山主を吸収合併し、第2号店舗を開店する。
(エーエムピーエム杉並和田3丁目店)
平成14年3月 コンビニエンスストア事業拡張の為、新宿西新宿エルタワービル内に第3号店舗を開店する。
(エーエムピーエム新宿エルタワー店)
平成20年9月 会社資本金を5000万円に増資する。
平成22年9月 業務拡張の為、新宿区大久保から文京区大塚へ移転
お酒と育児の日々 お酒をお店紹介Blog『酒-SAKE-』は世界を救う! 秋山商店五代目のプロフィール 炭火焼鳥 庄助 新宿南口店 鶏・炭火焼・もつ鍋 しょう助 新宿南口2号店 庄助 新宿西口店 やきとり酒蔵 庄助 本店 1000円でベロベロになれる居酒屋 串やとりけん
会社情報

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